˗ˋ Tau log ˊ˗

静かな私の小さな挑戦

人生の半分が仕事なら、自信持って続けられる仕事でありたい。



やっと、無事退職できました…!

退職する1ヶ月前に上司へ意向を伝えたのですが、退職までの期間がとても長く感じました。 私の場合、有給が残っていなかったため、退職まで毎日が地獄のように感じられました💦

私の退職には、まずは上司、正社員、パート、利用者のご家族、そして利用者本人と、段階がありました。 そのたびに何度も上司と話し合いを重ねる必要があり、とても気疲れしました。

正直なところ、退職までの1ヶ月は、心身が少しずつ壊れていく感じがしていました。それでも、自分が決断してことであり、最後までしっかりしなければと思い過ごしていました。

最も大変だったこと:「パワハラ相手に退職を伝える」

それを伝えることで、嫌がらせがさらに強まる可能性があると上司から言われました。

どのタイミングで伝えるかを一緒に考えてもらい、伝えた当日は接点を最小限に調整してもらいました。

  • 上司:「助けてあげられなくてごめんなさい」
  • 正社員:「あーやっぱりね」
  • パートさん:「頑張っていたのに…体調は大丈夫?」
  • 問題の看護師:満面の笑み

退職までの1ヶ月間、その看護師とは一切話さずに終えました。

職場が私を気遣う必要がなくなり、どこか安堵しているようにも感じ、正直、寂しさが残りました。

それでも、無事に仕事を終えられたことには、心からホッとしています。

橋本病と体調の変化

一区切りついた安心感と同時に、不安も入り混じった複雑な心境です。

先日、潜在性甲状腺低下症から橋本病と診断され、体調の変化と向き合う日々が始まりました。

体重が増え、代謝も落ち、生活リズムも乱れがちです。

正直、焦りやもどかしさを感じることもあります。

私の小さな努力

それでも、日常生活の中で少しずつ自分を整える努力をしています。

  • 最初の一口はゆっくり食べる
  • サラダやスープから食べる
  • 日中はなるべく部屋や外を歩く
  • 無職でも毎日家事をこなす
  • 簡単なストレッチ(ドライヤーをかけながら腰を回す、スクワット、踵上げの運動)

ここだけの話ですが、たまにジャンボリミッキーを何度も踊って、ストレス発散もしています。

こうした小さな工夫の積み重ねが、少しずつ心と体を前に進めてくれています。

看護師ではない、自分らしい生き方を探す

親にとって、看護師は自慢できる職業でした。

母は、娘が看護師になったことを誇りに感じていたようで、私がクリエイティブな仕事へ進むことには反対しています。

その影響もあり、今は母との関係が少しぎくしゃくしています。

また、看護師は社会的にも信頼のある仕事です。

他職種の面接では、「看護師を辞めるなんてもったいない」と何度も言われました。

私にとって、看護師という環境は大きなプレッシャーでした。

毎日何が起こるかわからない緊張感、理解しきれない仕事内容、完璧を求められる責任の重さ。

その中で私は、集中力が続かなくなったり、複数のことを同時に進めるのが難しくなったりしていました。

尊敬する仲間の存在

尊敬する仲間の一人が、最近、病気で亡くなりました。

彼女は第二の人生として、自分が心から好きだと思えることを学びに来ていました。

病気を抱えながらも、希望を失わず、「やりたいことをやりきりたい」と、全力で作品と向き合っていた姿が今も心に残っています。

私が訓練校に来た理由──

「人生は一度きりだから、自分に自信があって、強みのある仕事を手にしたい」

その思いに、彼女は共感してくれていました。

だから私は、どんなに苦労しても、自分の強みを活かして続けられる仕事を選び、頑張りたいと思っています。

最後に──この文章を読んでくれたあなたへ

もし今、仕事がつらい、体調が不安定、自分の選択に自信が持てない。

そんな気持ちを抱えている方がいたら、「立ち止まって考えていい」ということを伝えたいです。

辞めることは逃げではありません。

環境を変えることも、遠回りも、自分の人生を大切にするための選択です。

仕事は人生の半分を占めるからこそ、安心して、無理をせず、自分らしく働ける場所を選んでいい。

この文章が、誰かが自分の人生を考えるきっかけになれたら、嬉しく思います。

🕊 考えのヒントとして

・「向いている仕事」と「続けられる仕事」は、必ずしも同じではありません。
・頑張れなくなった自分を、責めなくていい。体や心が出しているサインかもしれません。
・社会的評価や周囲の期待よりも、「安心して生きられるか」を基準にしていい。
・小さな努力は、ちゃんと積み重なって、あなたを守っています。